Kähler 微分って要するに何なの?

可換環 \(A\) と \(A\) 代数 \(B\) に対し,Kähler 微分加群と呼ばれる \(B\) 加群 \(\Omega_{B/A}\) が定義されます. これはしばしば「微分 \(1\) 形式の可換環論的な類似物」と説明されますが,何故そうみなせるのかは定義から明らかではありません. この記事では,多様体上の微分 \(1\) 形式の定義を改めて考え直すことで,Kähler微分の定義がその自然な類似とみなせることを解説します.

Kähler 微分加群の定義

\(A\) を可換環とし,\(B\) を可換な \(A\) 代数とします. つまり環準同型 \(A\longrightarrow B\) が与えられているとします. このとき \(B\otimes_AB\) のイデアル \(I\) を

\[ I=\operatorname{Ker}(\mu\colon B\otimes_AB\longrightarrow B;\ b\otimes b'\longmapsto bb') \]

により定めます. このとき Kähler 微分加群 \(\Omega_{B/A}\) は

\[ \Omega_{B/A}=I/I^2 \]

により定義されます. この定義の時点では「微分 \(1\) 形式っぽさ」はあまり感じられません.

Kähler 微分加群の概念的な説明としてよくなされるのは,普遍性による特徴づけです.\(B\) 加群 \(M\) に対し,\(A\) 加群の準同型 \(D\colon B\longrightarrow M\) であって

\[ D(bb')=bD(b')+b'D(b) \]

をみたすものを,\(A\) 上の 導分 (derivation) と呼びます. 上のように \(\Omega_{B/A}\) を定義するとき,\(d\colon B\longrightarrow \Omega_{B/A}\) を

\[ b\longmapsto [1\otimes b-b\otimes 1] \in I/I^2 \]

により定めると,\(d\) は \(A\) 上の導分となることが確かめられます. さらに,\(d\colon B\longrightarrow \Omega_{B/A}\) は \(A\) 上の導分のなす圏における始対象となります. つまり,任意の \(A\) 上の導分 \(D\colon B\longrightarrow M\) に対し,\(B\) 加群の準同型 \(\varphi\colon \Omega_{B/A}\longrightarrow M\) であって \(D=\varphi\circ d\) を満たすものがただ一つ存在します. この性質によって \(\Omega_{B/A}\) は同型を除いて一意的に特徴付けられます.

導分は微分の性質である Leibniz 則を抽象化したものなので,この特徴づけからは「微分っぽさ」を多少感じることができますが,まだ「なぜ \(d\) が導分になるのか」「なぜ導分の中で普遍的な対象が \(I/I^2\) として構成できるのか」という疑問が残ります.

可換環からスキームへ

再解釈の出発点は,可換環の代わりに対応するスキームを考えることです.

\[ S=\operatorname{Spec} A,\qquad X=\operatorname{Spec} B \]

としましょう. \(X\) は \(S\) 上のスキームであり,環 \(B\) は \(X\) の「関数環」とみなすことができます. 環準同型 \(\mu \colon B\otimes_AB\longrightarrow B\) は対角射

\[ \Delta\colon X\longrightarrow X\times_SX \]

に対応するので,\(I\) は「\(X\times_SX\) 上の関数のうち,対角線上で \(0\) であるもの」のなすイデアルとみなせます. この前提のもとで,\(I/I^2\) がなぜ「微分 \(1\) 形式全体」のようなものと思えるのかを,通常の微分 \(1\) 形式と比較しながら考えてみます.

余接空間再考

\(M\) を滑らかな多様体とします. \(M\) 上の微分 \(1\) 形式とは,\(M\) の余接束の滑らかな断面,つまり各点 \(p\in M\) に対して余接空間 \(T^*_pM\) の元を対応させる滑らかな対応づけのことです. 余接空間 \(T^*_pM\) は接空間 \(T_pM\) の双対空間です. 接空間 \(T_pM\) は点 \(p\) における微分作用素のなす線型空間ですから,余接空間の元は「点 \(p\) における微分作用素に対する線形な応答」を記述しています.

\(M\) 上の滑らかな関数全体のなす環を \(C^\infty(M)\) で表し,そのうち点 \(p\in M\) で \(0\) となるもの全体のなすイデアルを \(I_p\) とします. このとき \(f\in C^\infty(M)\) に対して,\(f\) の点 \(p\) における全微分

\[ (df)_p\colon T_pM\longrightarrow \mathbb{R};\qquad v\longmapsto v(f) \]

は余接空間 \(T^*_pM\) の元を定めます. これにより全射線型写像

\[ d_p\colon C^\infty(M)\longrightarrow T^*_pM \]

が得られます. 全微分は定数を足しても変わらないので,この写像は

\[ C^\infty(M)\xrightarrow{f\longmapsto f-f(p)} I_p\xrightarrow{d_p|_{I_p}} T^*_pM \]

と分解することができます. 線形写像 \(d_p|_{I_p}\colon I_p\longrightarrow T^*_pM\) は全射なので, \(T^*_pM\) は \(I_p\) の商空間とみなせます. つまり,\(T^*_pM\) は

\[ \boxed{ \text{\(I_p\) を「\(p\) での全微分の一致」という同値関係で割った商空間} } \]

とみなせるわけです.

ではこの「\(p\) での全微分の一致」という同値関係,つまり \(d_p|_{I_p}\) の核はどのように表せるでしょうか. 例えば \(f,g\in I_p\) とすると \(f(p)=0\) かつ \(g(p)=0\) ですから,Leibniz 則より,\(fg\) の \(p\) における全微分は \(0\) となります. つまり \(I_p^2\subseteq \operatorname{Ker} (d_p|_{I_p})\) です. 実はこの包含は等号になることが示せます:

補題. \(I_p^2=\operatorname{Ker} (d_p|_{I_p})\) が成り立つ.

証明. 前段落より \(I_p^2\subseteq \operatorname{Ker}(d_p|_{I_p})\) である. 逆に,\(f\in I_p\) かつ \((df)_p=0\) とし,\(p\) を原点とする局所座標 \(x_1,\ldots,x_n\) を取る. Hadamard の補題より,\(p\) の近傍で

\[ f=\sum_i x_i g_i \]

と書ける. この式を \(p\) で微分すると \(g_i(p)=\partial f/\partial x_i(p)=0\) なので,再び Hadamard の補題を使って

\[ g_i=\sum_j x_jh_{ij},\qquad f=\sum_{i,j}x_ix_jh_{ij} \]

と書ける. この座標近傍に台を持つ bump function \(\chi,\eta\) を,\(\chi\) は \(p\) の近傍で \(1\),\(\eta\) は \(\operatorname{supp}\chi\) 上で \(1\) となるように取る. \(\eta x_i\) と \(\chi x_jh_{ij}\) を \(M\) 全体へ \(0\) で延長した関数はいずれも \(I_p\) に属し,その積の和が \(\chi f\) となるので,\(\chi f\in I_p^2\) である. また \(1-\chi,f\in I_p\) なので \((1-\chi)f\in I_p^2\) であり,\(f=\chi f+(1-\chi)f\in I_p^2\) を得る. \(\square\)

上の補題より,余接空間と \(I_p/I_p^2\) との間の同型

\[ \boxed{ T^*_pM\cong I_p/I_p^2 } \]

が得られます. この同型を通じて,全微分写像 \(d_p\colon C^\infty(M)\longrightarrow T^*_pM\) は

\[ d_p\colon C^\infty(M)\longrightarrow I_p/I_p^2;\qquad f\longmapsto \bigl[f-f(p)\bigr] \]

という写像とみなすことができます.少しずつ Kähler 微分加群との繋がりが見えてきました.

微分 \(1\) 形式再考

引き続き \(M\) を滑らかな多様体とします. 前節では固定した点 \(p\in M\) に対して余接空間 \(T^*_pM\) を代数的に記述しました. 次に点 \(p\) を動かすことで,微分形式全体 \(\Omega(M)=\Gamma(M,T^*M)\) についても同様の代数的な表示を考えてみましょう.

前節では多様体 \(M\) 上の関数のうち \(p\) で消えるもの全体を考えました. ここでは点 \(p\) 自体も動かすので,考える空間は直積多様体 \(M\times M\) になります. 点 \(p\in M\) ごとに \(M\) のコピー \(\{p\}\times M\) を考えているイメージです. 滑らかな関数 \(h\in C^\infty(M\times M)\) に対して

\[ \forall p\in M,\qquad h(p,{-})\in I_p \]

となることは,\(h\) がイデアル

\[ I=\bigl\{h\in C^\infty(M\times M)\mid \forall x\in M,\ h(x,x)=0\bigr\} \]

に属することと同値です. さらに \(h\in I^2\) ならば \(h(p,{-})\in I_p^2\) となるため,各点 \(p\in M\) に対して自然な線形写像

\[ I/I^2\longrightarrow I_p/I_p^2;\quad [h]\longmapsto \bigl[h(p,{-})\bigr] \]

が定まります.\(p\in M\) にわたって束ねることで

\[ I/I^2\longrightarrow \Omega(M) \]

が得られます. 前節の補題の証明をうまく大域化すると,この写像は同型であることが証明できます(詳細は割愛します). こうして,滑らかな多様体上の微分 \(1\) 形式全体を,Kähler 微分加群の定義と並行する形で,代数的に記述することができます:

\[ \boxed{ \Omega(M)\cong I/I^2. } \]

この同型を改めて直感的に捉え直してみましょう. \(I\) の元は「組 \((x,y)\in M\times M\) の関数であって,\(x=y\) のとき \(0\) になるもの」です. \(I^2\) による商を取ることは,局所座標で見た時に \(x-y\) について \(2\) 次以上の差を無視することに対応します. つまり \(y\) が \(x\) に限りなく近づくときの \(1\) 次の振る舞いだけを見て,他の情報を捨てているのです. 結果的にこれは接ベクトルに対する線形な応答,すなわち微分 \(1\) 形式を定めることになります. あえて粗く標語的にまとめれば,この同型は

\[ \boxed{ \text{微分 \(1\) 形式とは,無限に近い \(2\) 点の差に対する線形関数である} } \]

という哲学を表現していると言えます.

微分写像の表示

では,微分写像 \(d\colon C^\infty(M)\longrightarrow \Omega(M)\) は代数的にはどのように表せるでしょうか. 関数 \(f\in C^\infty(M)\) に対して

\[ (x,y)\longmapsto f(y)-f(x) \]

という \(M\times M\) 上の関数を考えてみましょう. これは明らかに対角線上で消えるので \(I\) に属します. 点 \(p\in M\) に対し,自然な写像

\[ I/I^2\longrightarrow I_p/I_p^2\cong T^*_pM \]

によって \(\bigl[f(y)-f(x)\bigr]\) は

\[ \bigl[f(y)-f(x)\bigr]\longmapsto \bigl[f-f(p)\bigr]\longmapsto (df)_p \]

とうつるので,\(\bigl[f(y)-f(x)\bigr]\in I/I^2\) は微分 \(1\) 形式 \(df\in \Omega(M)\) に対応しています. よって微分写像 \(d\colon C^\infty(M)\longrightarrow \Omega(M)\) は

\[ d\colon C^\infty(M)\longrightarrow I/I^2;\qquad f\longmapsto \bigl[f(y)-f(x)\bigr] \]

と記述できることがわかります. \(1\) 変数の実関数 \(f\colon \mathbb{R}\longrightarrow \mathbb{R}\) の微分は

\[ f(y)-f(x) = f'(x)(y-x)\mod(y-x)^2 \]

と表せますが,上の式はまさにこれの一般化になっているわけです.


最後に,Kähler 微分加群の特徴づけに現れた普遍的な導分の定義

\[ d\colon B\longrightarrow \Omega_{B/A};\qquad b\longmapsto [1\otimes b-b\otimes 1] \]

を思い出しましょう. これはちょうど上の \(d\) の表示を可換環の言葉に翻訳したものになっています. 実際,\(1\otimes b\) は第 \(2\) 射影

\[ \operatorname{pr}_2\colon X\times_S X \longrightarrow X \]

による関数 \(b\) の引き戻しなので,\(M\times M\) 上の関数 \((x,y)\longmapsto f(y)\) の類似物です. 同様に \(b\otimes 1\) は \((x,y)\longmapsto f(x)\) に対応しているわけです. ただし,一般には

\[ C^\infty(M\times M)\not\cong C^\infty(M)\otimes_{\mathbb R}C^\infty(M) \]

なので,この類似が実際に \(\Omega_{C^\infty(M)/\mathbb R}\) と \(\Omega(M)\) の間の同型を導くわけではないことに注意が必要です.